東京地方裁判所 昭和41年(ワ)12818号 判決 1970年5月06日
原告 荒川忠雄 外五名
被告 日本国有鉄道
主文
1 被告は、原告荒川忠雄に対し金四〇八、一二五円
同 鯨井夏雄に対し金六二、五〇〇円
同 落合宣に対し金二五、〇〇〇円
同 篠田洋行に対し金一二、五〇〇円
同 古島一夫に対し金一二、五〇〇円
およびこれらに対する昭和四二年一月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
2 原告荒川忠雄、同鯨井夏雄、同落合宣、同篠田洋行、同古島一夫のその余の請求、および原告青柳已之の本訴請求は、いずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告荒川忠雄、同鯨井夏雄、同落合宣、同篠田洋行、同古島一夫と被告との間においては、右原告らに生じた費用の三分の二を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告青柳已之と被告との間においては、被告に生じた費用の六分の一を原告青柳已之の負担とし、その余は各自の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実
(当事者双方の申立)
一、原告
1 被告は、原告荒川忠雄に対し金一、二七六、五〇〇円
同 鯨井夏雄に対し金五〇〇、〇〇〇円
同 青柳已之に対し金三七五、〇〇〇円
同 落合宣に対し金二五〇、〇〇〇円
同 篠田洋行に対し金二五〇、〇〇〇円
同 古島一夫に対し金二五〇、〇〇〇円
およびこれらに対する昭和四二年一月二六日以降完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
二、被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
(主張)
第一、原告らの請求原因
一 当事者
1 原告らは日本国有鉄道(国鉄)東京鉄道管理局大宮機関区職員であり、原告荒川は電気機関助士、同鯨井、同青柳は各燃料係、同落合は電気機関士、同篠田は蒸気機関助士、同古島は機関車掛であつて、いずれも国鉄労働組合(国労)東京地方本部上野支部大宮機関区分会員である。
2 被告は公法上の法人であつて、国家賠償法にいう「公共団体」である。
二 原告らに対する加害行為
1 被告は、昭和四一年四月二六日国鉄労働組合が行つた同年度春季賃上闘争に際し、被告の職員である東京鉄道管理局大宮鉄道公安室長石原高蔵以下同公安室所属の鉄道公安職員ら(別紙<省略>記載の二五名外多数)を埼玉県浦和市文蔵水深二一〇番地国鉄浦和電車区に派遣し、同電車区における同労組の前記闘争に対する警備業務に従事せしめた。
2 ところが、右鉄道公安職員らは、同日午前〇時二五分ごろ同電車区において右業務に従事中、同電車区本館南側空地附近において、折柄同電車区に到着した大宮駅発回臨第二四三九〇南行電車運転士田中義男(同労組下十条電車区分会所属)について右闘争に参加するよう説得し、その同意を得て同区構内を同行中であつた原告ら組合員に襲いかかり、無抵抗の組合員らをとりかこみ、原告らに対して相共同して次のような暴行、傷害を与えた。
(一) 右鉄道公安職員らは、同労組大宮機関区分会員たる原告荒川忠雄(当時二七年)に対し、口々に「この野郎」などと怒号しつつ右原告の顔、肩等を掴等をみ、、胸部を皮靴で蹴る等の暴行を加え、そのため右原告は胸部打撲にもとづき治療約五ケ月を要する胸骨体部骨折、左第六肋骨骨折等の傷害をうけた。
(二) 同労組同分会員たる原告鯨井夏雄(当時三八年)に対し、その右大腿部を長靴で思いきり踏みつけ、さらに力まかせに蹴りかかる等の暴行を加え、加療約五二日間を要する右大腿部打撲傷の傷害を与えた。
(三) 同労組同分会員たる原告青柳已之(当時四九年)に対して、押し引く等の暴行を加えて転倒せしめ、右原告の左手掌背を皮靴でふみつける等の暴行を加えて加療六日間を要する左中指挫傷の傷害を与えた。
(四) 同労組同分会員たる原告落合宣(当時三〇年)に対し、左腕および右脚部を殴る蹴る等して同原告を転倒せしめて全治約一週間の右脚下部皮下出血の傷害を与えた。
(五) 同労組同分会員たる原告篠田洋行(当時二一年)に対し、その両腕、両脚、腹部等を掴み、引きずる等の暴行を加えた。
(六) 同労組同分会員たる原告古島一夫(当時二二年)に対し、その右腕を掴んで引つぱり、つきとばす等の暴行を加えた。
三 被告の責任
右鉄道公安職員の加害行為は、鉄道公安職員基本規程第四条にもとずく警備業務として国家賠償法上の「公権力の行使」にあたる職務行為をなすについて与えた違法な身体の侵害であるから、被告は同法第一条により右加害行為によつて生じた原告らの損害を賠償する義務を負う。
四 損害
1 原告荒川忠雄は、右傷害の治療のため受傷当日以降昭和四一年九月末日まで五ケ月を超える入院ないし通院安静加療を余儀なくされ、その間の欠勤により次のとおり給与上の減収となり損害を蒙つた。
乗務手当 月額四、〇〇〇円 合計二〇、〇〇〇円
夜勤超勤手当 月額一、三〇〇円 合計 六、五〇〇円
右合計 二六、五〇〇円
2 慰藉料
原告らは、右鉄道公安職員の暴行傷害により、それぞれの受傷、暴行の程度に応じ各肉体的苦痛、身体上の障害を蒙つたのみならず、前記のとおり鉄道公安職員らの集団暴行に際し、これを無抵抗で受忍することを余儀なくされて驚愕且つ恐怖し、また著しく名誉感情をそこなわれる等の精神的苦痛を受けた。
右の精神的苦痛を慰藉するにはそれぞれ次の金額が相当である。
(一) 原告 荒川忠雄 金一、〇〇〇、〇〇〇円
(二) 同 鯨井夏雄 金 四〇〇、〇〇〇円
(三) 同 青柳已之 金 三〇〇、〇〇〇円
(四) 同 落合宣 金 二〇〇、〇〇〇円
(五) 同 篠田洋行 金 二〇〇、〇〇〇円
(六) 同 古島一夫 金 二〇〇、〇〇〇円
3 弁護士費用
原告らは、本件訴の提起遂行を原告ら代理人らに委任するに際し、同人らに対して本件訴訟手続関係の活動実費、および報酬としてそれぞれ次の金額を支払うことを約した。
原告 荒川 二五〇、〇〇〇円
同 鯨井 一〇〇、〇〇〇円
同 青柳 七五、〇〇〇円
同 落合 五〇、〇〇〇円
同 篠田 五〇、〇〇〇円
同 古島 五〇、〇〇〇円
右弁護士費用は、被告が原告らに対し義務あること明らかでありながら不当にその履行を拒否しているので、原告らが救済を受けるために訴を提起し弁護士に訴訟を委任することが必要になつたものであり、また右金額はいずれも日本弁護士連合会報酬等基準規程に従い社会通念上妥当なものであるから、相当因果関係ある損害である。
五 よつて原告は、被告に対し請求の趣旨記載のとおりの損害賠償金およびこれに対する本件訴状到達の翌日である昭和四二年一月二六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二、被告の答弁
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二のうち、1の事実は認める。2の事実は、原告荒川が原告主張の程度の傷害を負つたことは認めるが、その日時、場所、原因は不知。
その余の事実は否認する。
国鉄労働組合は、昭和四一年度春季賃上闘争に際し全国主要幹線の業務機関に闘争拠点を設定して同年四月二六日午前〇時より正午までいわゆる「半日スト」を行う指令を組合員に発していた。浦和電車区も右斗争拠点になつていたのであるが、このような場合同月二五日夕刻より二六日朝にかけて組合員が右電車区に集合し、電車運転士の強制連行等の行為に出て同電車区の乗務の正常な遂行に支障をきたす等、構内に不測の混乱が発生する危惧があるので、東京鉄道管理局長は電車の正常な運転業務の遂行を確保するために別紙の鉄道公安職員二五名を同電車区に派遣し、(イ)同区の施設および車両の警備、(ロ)不正行為の防止および調査、(ハ)その他の不法行為の防止の任に当らしめた。
同日午前〇時二〇分頃同区信号扱所横に第二四三九C電車が入区停止したとき、この附近に組合員約一〇〇名が集合して右電車の田中義男運転士を下車と同時に連行しようとしていたので、鉄道公安職員らは右電車運転台に向つて正面に石原鉄道公安室長と村山同主任が、左側に第一小隊八名が、右側に第二小隊八名がそれぞれ警備の配置についていた。田中運転士は電車の右側に飛び降りたので、その附近にいた組合員五、六〇名が「ワツシヨ、ワツシヨ」と言いながら同人をとりかこみ、同人を連行して線路、信号のロツトをわたりながら同電車区本館南側に移動した。
第二小隊は右集団の後について本館南側まで来たのであるが、その際当局側の手でフライヤーが点火され附近が明るくなつたので、当局側の者が「現認しろ」「写真を撮れ」と叫び、鉄道公安職員、当局側の者が組合員にちかづいた。組合員はこれをきらつて背をまるめて顔をふせ、東西の方向に逃げ散つた。そのため田中運転士のそばに残つていた組合員は二、三名になつたので、鉄道公安職員が「離れて、離れて」というと、残りの組合員も同人から離れ、立ち去つた。なお、組合員の集団が線路やロツトを渡る際に数名の者がころんだり、またフライヤーが点火されて組合員側が混乱したときに一人の組合員がころんで倒れたりしたことはある。
三 同三のうち、鉄道公安職員派遣の根拠規定が原告主張のとおりであつて、鉄道公安官の職務に関する法律に基づくものではないが、右職務が国家賠償法にいう「公権力の行使」にあたるとの主張は争う。
即ち、右職務は被告の職員として被告所有財産の安全、業務の円滑な遂行のため、これらに対する侵害を防止するためなしたものであつて、国家の統治権に基づくものでないから「公権力の行使」とはいえない。
四 同四のうち、原告荒川忠雄が自転車で怪我をしたとの理由で四月二六日から五月七日まで年次有給休暇をとり、五月八日から左第六肋骨々折の疑いで入院するため病気欠勤し、同月三〇日より六月二二日までは出勤、六月二三日から九月九日まで胸骨体部骨折にて入院のため欠勤したこと、同原告の乗務手当、夜勤超勤手当の月額がほぼ原告主張のとおりであること、原告らが弁護士に訴訟を委任したことは認める。その余の事実は争う。
(証拠関係)<省略>
理由
一、当事者間に争いのない事実
1 当事者の地位
原告らが日本国有鉄道(国鉄)東京鉄道管理局(ただし改組前の呼称である。以下同じ)大宮機関区職員であつて原告荒川忠雄は電気機関助士、原告鯨井夏雄、同青柳已之は燃料係、原告落合宣は電気機関士、原告篠田洋行は蒸気機関助士、原告古島一夫は機関車掛であり、いずれも国鉄労働組合(国労)東京地方本部上野支部大宮機関区分会員であること、被告は公法上の法人であつて、国家賠償法にいう「公共団体」であること、以上の各事実については当事者間に争いがない。
2 昭和四一年度春闘
被告が、昭和四一年四月二六日に国鉄労働組合が行つた同年度春季賃上闘争に際し、被告の職員である東京鉄道管理局大宮鉄道公安室長石原高蔵ほか同公安室所属の鉄道公安職員ら多数(別紙記載の二五名)を埼玉県浦和市文蔵水深二一〇番地所在国鉄浦和電車区に派遣し、同電車区における国労の前記闘争に対する警備業務に従事せしめたこと右鉄道公安職員の警備業務は鉄道公安職員基本規程第四条にもとづくものであること、以上の各事実についても当事者間に争いがない。
二、本件不法行為に至るまでの経過
1 証人小松千里、同岩村憲一、同田中義男、同石原高蔵、同野原英四郎の各証言によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
(一) 国鉄労働組合は、昭和四一年度春闘に際し、賃金引上八、七〇〇円の要求を中心に、全国的な闘争を企画し、同年四月二六日に浦和電車区は、そのストライキの拠点地区として指定された。同組合の浦和電車区におけるストライキには、同組合地方本部上野支部石川副委員長および執行委員の小松千里が責任者となつて、浦和電車区その他の各分会委員会、あるいは乗務員集会、ストライキ署名等を通じ、準備が重ねられていた。
(二) 下十条電車区分会においても、四月一八日に上部機関より闘争指令を受けて以来、職場の分会員全員による全体集会、あるいは分会拡大委員会を通じ、四月二六日の闘争に参加する態度について協議を重ねた結果、全員ストライキに参加することが決定された。その参加の基本方針として、各分会員の自主的な意思にもとづく参加を呼びかけることにし、また鉄道公安官等と、無用な混乱を引き起さないようにすることも確認された。同分会の分会委員でもある田中義男運転手は、右ストライキについて参加の意思を表明し、その旨の署名をするほか、他の乗務員に対してもストライキ参加の説得活動を行つていた。
(三) 東京鉄道管理局は、国鉄労働組合の春闘の計画に対する警備対策をたて、浦和電車区のストライキ闘争に対しては、鉄道公安職員基本規程に基き、大宮鉄道公安室長ほか別紙記載の鉄道公安職員合計二五名に出動命令を出し、また、依田客貨車課長を浦和電車区に派遣したほか管理局職員約三〇名を現地に派遣した。
大宮鉄道公安室長石原高蔵は、四月二五日朝、二五名の鉄道公安職員を、別紙記載のとおり、指揮、副指揮、第一小隊八名、第二小隊八名、電報記録無線分隊三名、写真自動車分隊四名の部隊に編成し、同部隊は、プラスチツク製の保護帽、皮製編み上げゴム底の保護靴を着用し、国鉄職員用の作業衣を着て、浦和電車区に出動した。
2 証人小松千里、同石原高蔵、同野原英四郎、原告落合寛本人尋問の結果ならびに検証の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 国鉄労働組合は四月二五日浦和電車区で下車し勤務を終える電車乗務員に対して、同電車区におけるストライキヘの参加を呼びかけるために、組合員を多数同電車区に動員した。
国鉄労働組合の現地の責任者である石川上野支部副委員長らは、同日午後一〇時頃、浦和電車区長と管理局の現地指揮者である依田課長に対し、ストライキに際し警察官を電車区に入れないように、等と申し入れをなして行動を開始した。浦和電車区に入庫する電車の乗務員は下車してから電車区本館内の点呼室において、勤務終了の点呼を受けそのうちストライキに参加するかどうかをみずからの意思によつて決定し、組合側なり当局側なりの指示に従うのを通例としていたので、右組合の動員者達は、乗務員が下車する地点から電車区本館附近にかけて集まり、電車区に入庫する乗務員に対しストライキに参加するよう説得し、あるいは激励しようと集団的に行動していた。もつとも集団的な行動とは言つても、電車区当局と組合側とは共に、暗黙のうちに、乗務員が点呼を受け終るまでは、本人に対して積極的な行動に出ないようにし、点呼終了後は双方とも、本人の自由意思を尊重する、との方針で臨み、お互にこのことを了解していた。
(二) しかし、二五日午前から、浦和電車区に入区する電車の乗務員の殆んどは、組合の動員者にとりかこまれてストライキ参加の説得を受けながら、電車区本館玄関まで動員者と同行し、その後同館二階にある点呼室で電車区の担当者に勤務終了の点呼を受け、その後、本館より一〇〇メートル位離れたところに停車させているタクシーまで動員者による説得、激励を受けつつ、ストライキに参加していつた。そのため二五日からストライキ突入を目前にした二六日未明にかけて同電車区に入区する電車の乗務員約三十数人中当局側で確保できた人数すなわちストライキに参加しなかつた者は数名に過ぎなかつた。
(三) 田中義男運転士は、二五日、電車に乗務する前に、所属の下十条分会事務室に立ちより、分会執行委員長にあらためてストライキ参加の意思を表明したうえ、勤務に就いた。同日から二六日にかけての田中運転士の勤務は、大宮駅に到着した第二四三九C電車を浦和電車区に回送する勤務であつた。同人は、二六日午前〇時一〇分頃同電車を運転して定時に大宮駅を出発し、南浦和駅ホームで一旦停車して信号を待ち、更に浦和電車区へ向つた。右電車が同電車区の入線の一旦停止の地点まできたとき、同電車区の関口助役と誘導掛員が乗り込んできて田中運転士に通路の先まで進行したうえ停車するようにとの指示がなされたため、同運転士は、別紙図面<イ>点に電車の先端部が達するまで電車を進行させて、同〇時二五分頃停車した。
以上の事実が認められる。
証人石原高蔵、同野原英四郎、同小久保彦四郎、同羽村信義の各証言中、電車の停車の停車地点に関する部分は、前掲各証拠に照らし、にわかに措信できない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。
三 組合員と鉄道公安職員との衝突
1 証人小松千里、同田中義男、同長島茂夫、同石原高蔵、同小久保彦四郎の各証言、原告六名各本人尋問の結果、検証の各結果(現場検証および八ミリフィルム検証)を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 田中運転士の乗務する第二四三九C電車が入区した区一番線の東側、電車区本館寄りには、組合の動員者らが数十名待機しており、またその西側、信号所寄りにも同じく二、三〇名が待機していた。一方、浦和電車区に出動していた大宮鉄道公安室の鉄道公安職員は、それまで本館二階に待機していたが、右電車の到着に備えて、線路上の構内に出、電車の停止位置の東側に第二小隊、その西側に第一小隊、指揮者その他の隊員は停止位置の正面に、それぞれ待機した。また、浦和電車区に派遣されていた東京鉄道管理職員約三〇名も、「現認班」と称して白腕章を巻き、現場に待機していた。
(二) 田中運転士は、電車を停車させてから、電車区本館寄りの出口から、信号所と本館の間を通ずる中央通路のやや南寄りの砂利上に飛び降りた。すると、たちまち、原告落合宣、同荒川忠雄、同鯨井夏雄、同青柳已之、同篠田洋行、同古島一夫を含む組合の動員者数十名が左右から集まつて、田中運転士を中心に円陣をつくり、「ワツシヨ、ワツシヨ」と掛声をかけながら本館側に移動しはじめた。この組合員の集団のまわりを第二小隊を主とした鉄道公安職員十数名、および「現認班」の管理局職員十数名がとりかこみ一団となつてもみ合いながら本館側に移動していつた。集団は区一番線の東側の通路線をわたり、中央通路とつながる本館西側のコンクリートの通路上にわたり、ロツト渡り通路附近のロツトを斜めに横切つて本館の南西角をまがり、本館と小谷場排水路との間の巾数メートルの空地にさしかかつてきた。この途中には高低区々の通路、線路あるいはロツト等があり、足場がわるかつたので、組合員らは下を向き、足もとを見ながら進んでいつた。それやこれやで組合員らの集団は、少しづつ円陣から離れる者もあり本館南西角にさしかかつたころには、約二〇名ぐらいの集団となつていた。
(三) 集団が本館南西角にさしかかつたころ、別紙図面記載のBCDの各地点などで、鉄道公安職員がフライヤーをたき、周辺が明るくなつた。このため田中運転士を中心に円陣を形づくつて移動していた組合員らは、顔を確認されるのを防ぐため、顔を伏せて、ややたじろいたが、この時、組合員をとり囲んでいた鉄道公安職員あるいは管理局職員の間から、「かかれ。」「写真を撮れ。」「現認しろ。」等の声が起つた。突然、本館南側の非常用階段附近より、一〇名位の鉄道公安職員が組合員の集団にかけより、集団の附近にいた鉄道公安職員も加わり次々に組合員を排除して田中運転士目がけて突き進んできた。
(四)(1) 原告落合宣は、右組合員の集団の一員として、田中運転士の右後方について本館南の空地まで進んできたとき、前方からきた鉄道公安職員に、右手をつよくひかれて右足のすねを蹴りつけられ、同時に後方より左手上腕部を強く叩かれたため、別紙図面<4>点附近に転倒した。
(2) 原告荒川忠雄は、田中運転士のすぐ左側にスクラムを組んで集団とともに本館南角の所(別紙図面(二)点附近)まで移動してきたとき、周囲でフライヤーがたかれるとともに「顔をあげろ。」という声がおこつたので写真を撮られまいと下を向いていると、斜め後方にいた鉄道公安職員が同原告のあごに手をかけて顔をあげさせようとした。同原告はこの手をはずしたとたん前方によろけたところ、前方の鉄道公安職員が同原告の左胸部を蹴り上げた。このため同原告は、激痛のあまり、胸を押さえて、後退し、その場を離れた。
(3) 原告鯨井夏雄は、田中運転士の後方について集団とともに本館南の空地に移動していつたが、フライヤーがたかれたため、下を向いていると後方から「離さないと蹴るぞ。」と声をかけられ、右大腿部を鉄道公安職員の靴で蹴られるとともに、後に引き寄せられて転倒した。同原告は、転倒した後も、さらに大腿部を蹴られ、踏みつけられた。
(4) 原告篠田洋行は、田中運転士の後を囲むように他の組合員とスクラムを組んで本館南空地に移動してきたところ、フライヤーがたかれ、周囲で鉄道公安職員との小ぜり合が起つた。
同原告は、別紙面図(ホ)点附近で、前方の鉄道公安職員に帽子をはずされそうになつたため、左手で帽子を押え、頭を下げていると、後方の鉄道公安職員に左肩を強く二、三回引かれたのち、突き放されたようになつてスクラムから離れ前のめりに右肩から倒れ、横倒しになつた。すると鉄道公安職員二、三名が同原告の顔を隠していた帽子、タオルをはぎとり、仰向けにして写真を撮らせにかかつたが、そこへ小松上野支部執行委員がかけつけて、「何をしているんだ、よせ。」といつて、同原告を助け出した。
(5) 原告古島一夫は、田中運転士のやや右に他の組合員と、スクラムを組んで本館南側空地へ移動したとき、フライヤーがたかれつづいて周囲の組合員が少しづつ鉄道公安職員によつて引き抜かれていつた。同原告は、別紙図面(ヘ)点附近で右腕を後方にいた鉄道公安職員につかまれてスクラムから引き剥され、小谷場排水路ぎわの桐の木に背中を強くぶつけられ、一瞬息が止まるような痛さを感じ、その場に尻もちをついた。
(6) 原告青柳已之は、田中運転士のすぐ後方について集団とともに進んで行つたが、本館南側空地の別紙図面(ト)点附近まできたとき、フライヤーがたかれ、前かがみとなつて下を向いて顔をふせながら前の組合員の後に従つて行くと、前の組合員が鉄道公安職員ともみ合になり、そのあおりを受けて手を前方に差し出すような恰好で転倒した。すると丁度そこへそばにいた誰かの足がかかり、結果的に手甲を踏みつけられた。
(五) この結果、田中運転士の附近にいた組合員は、たちまちのうちに引きはなされてその場からいなくなり、田中運転士は、ただちに鉄道公安職員に同行されて、本館東側玄関までつれて行かれた。
以上の各事実が認められる。原告らは、本館南側空地に至るまでも鉄道公安職員らが実力行使して「剥ぎ取り」を行つたもののようにもいうが、これを認めるに足りる証拠はないまた、被告は鉄道公安職員が暴行した事実がなく、組合員らが自発的に田中運転士のまわりから逃げ去つたと主張するが、これに符合する証人石原高蔵、同小久保彦四郎、羽村信義の各証言は、前掲各証拠(証人石原高蔵、同小久保彦四郎の証言を除く。)に照らしたやすく信用することができないし、他に前示認定を覆すに足りる証拠はない。
2 原告荒川忠雄が、胸部打撲にもとづき、治療約五ケ月を要する胸体部骨折、左第六肋骨骨折等の傷害を受けたことについては当事者間に争いがなく、前示1(四)の認定事実ならびに原告荒川忠雄本人尋問の結果によれば、原告荒川の右傷害は、鉄道公安職員の前示1(四)の暴行により生じたものであることが認められる。また成立に争いのない甲第三号証、原告鯨井夏雄本人尋問の結果により真正に成立したことが認められる甲第二号証の一ないし三および原告鯨井夏雄、同落合宣、同青柳已之の各本人尋問の結果によれば原告鯨井夏雄は、鉄道公安職員の前示暴行により、全治約三週間の腰部および右大腿部打撲症を受けたが、治療のため勤務を休むほどの必要性はなかつたこと、原告落合宣は前示鉄道公安官の暴行により、右脚下部打撲の傷害を負つたこと、原告青柳已之は通院加療一週間を要する左中指挫傷を負つたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
四 被告の責任
1 前示鉄道公安職員の以上の認定事実によれば、原告荒川忠雄、同鯨井夏雄、同落合宣に対する暴行、傷害および、原告篠田洋行、同古島一夫に対する暴行は、いずれも故意による違法な(本件においては違法性阻却事由の主張はない。)加害行為であるといわなければならない。しかしながら、原告青柳已之の傷害は、鉄道公安職員と組合員との衝突が起つた際、前方の組合員が鉄道公安職員ともみ合になつて、そのあおりをうけ、後方にいた同原告がたまたま転倒した瞬間、地面にした手を誰かの足に踏まれて生じたものである。原告青柳は、同原告の手を踏んだ足は編上靴をはいていたから鉄道公安職員だと思つたと供述しているが、右事故は暗中突嗟の間の出来事であり、同原告の認識がどの程度正確であつたか疑わしいといわなければならない。従つて、右原告の供述のみをもつて、それが鉄道公安職員であつたと断定するに足らず、他にこれを確認するに足る証拠はないから、原告青柳の主張は、その余の点を判断するまでもなく、失当である。
2 ところで、本件鉄道公安職員派遣の根拠規程が、鉄道公安職員基本規程(昭和三九年四月一日総裁達一六〇号)第四条に基づくものであつて鉄道公安職員の職務に関する法律(昭和二五年八月一〇日法律第二四一号)に基づくものではないことは当事者間と争いがないところである。被告は、本件鉄道公安職員の右警備業務は、国家統治権に基づく優越的な意思の発動によるものではないので、国家賠償法第一条にいわゆる「公権力の行使」に該当しないと主張するので、この点について判断する。
被告が営造物法人としての公共団体であることは明らかであり、鉄道公安職員が鉄道公安職員の職務に関する法律に定める範囲内で司法警察権を有するほか、鉄道公安職員基本規程によつて、「常に鉄道財産の安全及び鉄道業務の円滑な遂行のために全力を尽し、これらに対する侵害を防止し、又は排除しなければならない」任務を有し(同規程第二条)、その任務を達成するため、所属長である鉄道管理局長または支社長から「特に命ぜられた事項」や「施設及び車輛の特殊警備」等および「その他不法行為の防止」を職務とする(同規程第四条各号)公務員であることも明らかである。
本件鉄道公安職員の行為は鉄道公安職員基本規程にもとづく右のような警備業務を行なうについてなされたものであるが、この警備業務は、特別司法警察職員としての犯罪捜査活動とはその職務の性質を異にし、国家統治権に基く優越的意思の発動作用ではない。しかしながら、国家賠償法第一条にいわゆる「公権力の行使」とは、右のような公権力作用にかぎらず、国または公共団体の私経済作用に属する行為を除くほか、公物、営造物の管理権(もしくは営造物権力)の発動としてなされる有形力の行使などの非権力的公行政作用をも含むものと解するのが相当である。
そうすれば、本件鉄道公安職員の前示行為について国家賠償法を適用すべきものであり、この点に関する被告の主張採用しえない。(仮に、被告の見解によるとしても、被告は民法七一五条による責任は免れることができない。)
3 本件の場合、原告らそれぞれに対する加害者を個別に特定することはできないけれども、前示のとおりすでに加害公務員の属する集団およびそれが被告の組織機構に占める地位ならびに行使された公権力の特定がなされている以上、被告に損害賠償義務を認めるについてなんら欠けるところはない。
五、損害
1 原告荒川の逸失利益
原告荒川が前示傷害の治療のため昭和四一年四月二六日から五月二九日まで欠勤し、六月二三日から九月九日まで欠勤したこと、乗務手当が月額四、〇〇〇円、夜勤超勤手当が月額一、三〇〇円であること、以上の事実については当事者間に争いがなく、原告荒川忠雄本人尋問の結果によれば、右傷害の治療のため四月二六日から約一ケ月間入院し、退院後も加療を続け、同年九月まで作業を休むことを余儀なくされ、その間五ケ月分の得べかりし乗務手当、夜勤超勤手当合計二六、五〇〇円を失い、給与上の減収になつたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。原告荒川の右減収は、本件事故による損害といわなければならない。
2 慰藉料
原告荒川忠雄、同鯨井夏雄、同落合宣、同篠田洋行、同古島一夫の各本人尋問の結果によれば、右原告らは、前示鉄道公安職員らの暴行、傷害によりそれぞれ相当の精神的苦痛を蒙つたことは容易に認めうるところである。
本件暴行、傷害の特殊性、右原告らの蒙つた受傷、暴行の程度、その他本件における諸般の事情を考慮したとき、右各原告らの精神的苦痛を慰藉する金額としては、原告荒川忠雄に対しては三〇万円、原告鯨井夏雄に対しては五万円、原告落合宣に対しては二万円、原告篠田洋行、同古島一夫に対しては各一万円が相当である。
3 弁護士費用
原告荒川忠雄、同鯨井夏雄、同落合宣、同篠田洋行、同古島一夫は、それぞれ本件訴訟を提起して被告に対する損害賠償請求権を行使するために、弁護士西田公一、同船越広、同小長井良浩の三名との間にそれぞれ訴訟委任契約を締結したことについては当事者間に争いはなく、右原告五名の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、右原告らは右訴訟委任の活動実費および報酬として、認容損害額の二割五分にあたる金員を前示三弁護士に支払う旨約束したこと、事案の性質からみて、原告らが本件損害賠償請求権を行使するため訴訟を提起することを余儀なくされたものであることは、容易に認めうるところである。
そうすれば、原告らの右債務の負担は、本件事故と相当因果関係に立つ損害と解すべきものである。ところで、本件事故のその余の損害は前示1、2のとおりであるから、原告荒川は八一、六二五円、同鯨井は、一二、五〇〇円、同落合は五、〇〇〇円、同篠田および同古島はそれぞれ二、五〇〇円の弁護士報酬債務を負担したことになる。
六 結論
1 以上のとおりであるから、原告荒川は逸失利益二六、五〇〇円、慰藉料三〇〇、〇〇〇円、弁護士費用八一、六二五円、合計四〇八、一二五円原告鯨井は慰藉料五〇、〇〇〇円、弁護士費用一二、五〇〇円、合計六二、五〇〇円、原告落合は慰藉料二〇、〇〇〇円、弁護士費用五、〇〇〇円、合計二五、〇〇〇円、原告篠田、同古島は、それぞれ、慰藉料一〇、〇〇〇円、弁護士費用二、五〇〇円、合計一二、五〇〇円および本件損害発生の日以降であることが明らかな昭和四二年一月二六日より完済までの右金員に対する年五分の割合による遅延損害金を、いずれも国家賠償法にもとづき、被告に対し請求しうる。
2 よつて、原告荒川、同鯨井、同落合、同篠田、同古島の各本訴請求は右の限度において理由があるから認容し、その余は棄却すべく、原告青柳の本訴請求は理由がないので棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺忠之 山本和敏 大内捷司)